与党自由・国民党連合政権は、大方の予想を裏切ってゴールになんとか駈け込み、連邦選挙に勝利しました。豪州労働党(労働党)が 「負けるはずがない」選挙に敗北を喫した理由については、メディアで様々な意見が飛び交っていますが、以下の2点が鍵であったと考えられます。
- まず労働党の政策は、富の再分配、増税、規制強化など成長戦略とは言い難く、またその上複雑であったため、豪州の資産の多くを所有する大部分の高齢者層のみならず、将来的に自分達もそのような資産を保有したいと願う向上心の強い中間層からも拒否されたこと。
- 次に「クィーンズランド 要因」の対応に労働党が失敗したこと。クィーンズランド州の鉱山産業に対する姿勢に関し同党が発したメッセージは矛盾しており、同産業に従事する労働者にとって将来の選択肢に希望を持たせるものではありませんでした。
選挙直後の狂騒から与野党共に回復し、内閣(影の内閣)の陣容が発表された現在、Lander & Rogers 法律事務所発行の連載『豪州総選挙2019 年』の最終号となる第3号では、今後3年間の連邦政府の政策が豪州で投資を行う外国人や外資系企業にとって何を意味するかを見ていきます。『豪州総選挙2019 年』の過去の連載記事をお読みになっていない方はここでご覧いただけます。
連邦政府
スコット・モリソン首相は総選挙で予想外の勝利を納めた実績を盾に、次回選挙までの3年間、首相の座を維持する公算が高いと言えます。モリソン首相の新政権では、主要閣僚(財務相、蔵相、雇用相、インフラ相、資源相、エネルギー相、外務相、内務相、法務相、移民相、貿易相、科学技術相)はそれぞれポストを維持し、連邦首相の交代を繰り返してきた豪州の政治は落ち着きを取り戻すと予測されます。
一方、外国人投資家や外資系企業に重要ないくつかの省庁で、以下のように新大臣が任命されました。
- 労使関係:自身が弁護士でもあるクリスチャン・ポーター法務相が兼任。豪州の労使関係の基盤となっている法体制が、いかに法的に複雑であるかを示しています。
- 温暖化ガス排出削減:アンガス・テイラーエネルギー相が兼任。エネルギー政策と温暖化ガス排出削減政策の双方を担当することになるのは論理的でしょう。
- 環境:前任者のメリッサ・プライス大臣が総選挙直前にアダニ炭鉱開発に連邦政府の許認可を出したことで クィーンズランド州以外では概ね不評)、論争を引き起こした環境行政ですが、 スーザン・レイ大臣がこのポートフォリオを担当することで、政府は「心機一転」を狙っています。
国会の野党側でも労働党が「影の内閣」を発表し、後に触れますが、既にいくつかの政策変更を明確にしています。
与野党共に閣僚(影の閣僚)のラインアップが確定したことにより、政府の焦点は選挙の主要政策綱領実施に向けた詳細の詰めに移っています。具体的には、経済運営、エネルギー政策、インフラ開発などです。
マクロ面では、ジョシュ・フライデンバーグ財務相は以下の2点を重点課題として発表しています。
- 選挙前の予算案で提案された、1580億ドル相当の所得税減税(法人税は含まず)と1000億ドルに上るインフラ案件を含む経済成長政策の遂行。
- 技能訓練プログラムの改善、技術革新、官僚主義の是正などを通じた労働生産性向上のための改革。
豪州の外国人投資家や外資系企業に最も影響がある政策
1. 労使関係政策
選挙前にスコット・モリソン首相は、労使関係制度に大きな改革は予定していないと示唆していました。この発言に沿って、新労使関係大臣は現行システム、特に労働協約の分野での効率改善には構造改革ではなく手続的な変更が必要に過ぎないとしています。いかなる措置を取るにしても、先立つ2−3ヶ月は利害関係者との徹底した事前協議を行う意向を表明しています。
ここでの重要な問題は、景気停滞を解消するためにより急進的な政策が採用されるかどうかです。豪州連銀総裁は、経済成長のためには賃金の伸びが必要と指摘しています。政府がこの分野で直接的な介入を行ったことは今までなく、現時点でもその可能性は低そうです。財務相が今月初旬に発表した生産性改善計画では、企業の収益性改善、ひいてはより良い就業機会の提供と賃金の伸びに繋がるような職場改革を検討する必要性が指摘されています。しかし、このように議論を求める声はあげているものの、現政権の3年間の任期中に労使関係制度に重大な変更が導入される可能性が高いことを示すものではありません。
2. エネルギー政策と温暖化ガス排出削減
選挙後、アンガス・テイラー大臣はエネルギー相のポストに加え、温暖化ガス排出削減政策の担当閣僚となりました。再生可能エネルギーへのシフトは温暖化ガス排出削減に向けて最も明確で経済的な方策であることを考えると、この兼任は道理にかなっています。豪州では発電が、33.2%(2018年12月までの1年間)と温暖化ガスの最大の国内排出要因だからです。
同分野には相反する二つの重大な課題があります。一つは国内のエネルギー 価格の引下げであり、もう一つは地球温暖化対策に関して国民の要望に応えることです。
国内エネルギー価格の引下げ:豪州の企業と家計が負担するエネルギー 価格の引下げは、政府が次回選挙に勝利するための重要戦略であり、テイラー大臣はこの課題に取り組むことを公約としています。彼の提案には以下のようなものがあります。
- エネルギーの供給確保と価格改善のためにエネルギー供給量の増加と一層の競争導入。具体的には
- NSW州のスノウイー水力発電所の第2次開発など、政府援助の対象として候補に選抜されている12のプロジェクトの正式調印
- タスマニア州の水力発電所開発における融資保証の可能性
- クィーンズランド州北部での新たな石炭火力発電所開発に向けてのフィージビリティスタディ実施
- 2019年7月1日から導入される基準価格制度の法制化による卸売価格水準の是正。
政府は選挙前からのエネルギー政策を継続して推進しており、反競争的な行為に従事、あるいは卸売り価格下落分の消費者移転を拒んでいる事が判明したエネルギー会社の強制分割を可能にする「威圧的(big stick)」な法案の成立を目指しています。 この法案が成立すると、政府は供給増とガス価格下落を促すために、豪州東部の天然ガス輸出企業にガスの供給を強制的に国内消費向けに振り向けさせることができます。労働党とグリーン党がこの法案に反対することを年初に表明しているため(この野党の姿勢はエネルギー産業が強く支持)、この法案が成立するかどうかは依然として不透明です。選挙後、野党労働党は、政府が提案する温暖化ガス排出削減目標を直接的にも間接的にも支持しないことを明言しており、温暖化ガスの排出削減策を含まないエネルギー 価格政策に野党の支持を取り付ける事は困難と考えられます。
地球温暖化、温暖化ガス排出削減: 政府与党のターゲットは、2030年までに炭素排出量を2005年の水準から26%引き下げるという迫力にかけるもので、選挙中多くの批判を浴びました。政府はエネルギー価格の引下げ、電力供給の安定性と温暖化ガス排出削減の間には二律背反の関係があると主張し続けています。高コストでの温暖化ガス排出削減政策は国内レベルでは不評と考えられます。更にテイラー大臣は、エネルギー供給の安定性確保のためには風力発電や太陽光発電が多すぎるとして、この二種類の発電に反対する姿勢を過去に表明しています。代わりに政府は水力発電を支持し、これへの継続投資の姿勢を明示しています。現時点では政府がこの方針を変更し、今後3年間で他の再生可能エネルギー源を支援していくようになるかどうかは不透明です。一方で各州政府は、それぞれの再生可能エネルギー政策と蓄電投資を推進し続けていく事が予想されます。
テイラー大臣は今後、より積極的な地球温暖化対策を求める強い世論の圧力を受けることになり、少なくともコスト、供給の安定性、排出削減と三つの要素のトレードオフのバランスを取る作業において、気候変動という課題により重点を置くように求められるでしょう。今月初めに発表された温暖化ガス排出統計によると、豪州の温暖化ガス排出量は増加し続けており、2018年の12月四半期には突出した伸びを記録しています。政府はこの統計を受け入れ、対策を講じるように迫られています。 2019年9月に予定されている国連地球温暖化サミットが重要な試金石となるでしょう。この時の対応で、政府がより大胆な温暖化ガス排出削減政策を採用する用意があるかどうか、ひいては政府が推奨するエネルギーミックスの概要がかなり明確になると予測されます。現時点での政府目標は、2020年までに再生可能エネルギーが占める割合を23.5%にまで引き上げるというものです。
現状ではテイラー大臣は、温暖化ガス排出削減目標を、政府の温暖化ガス排出削減基金(新しく「気候変動解決基金(Climate Solutions Fund)」と改名)への支援により大方達成しようと試みています。同基金は農業、エネルギー効率(発電所は含まず)、鉱業、廃棄物処理などの分野で低コスト手法をモットーに、広範囲の温暖化ガス排出削減プロジェクトを支援しています。
3. 石炭
地球温暖化を巡る議論で避けて通れないのが、エネルギーミックスにおける石炭の果たすべき役割です。
選挙後も資源・北部オーストラリア相に留まったマシュー・カナヴァン大臣は、石炭業界に対する政府の支持を奨励、特にクィーンズランド州における石炭火力発電所の新規開発と石炭火力発電産業への投資継続への支援を重視しています。自身の選挙区がクィーンズランド州にある同相は、クィーンズランド州中部に対する影響が最も強いという理由で、炭素税導入を求める声を最近も拒絶しています。同相は「汚染者負担」の原則を好まず、豪州国民の全てが石炭火力発電所の開発と使用から恩恵を受けているという理由で、温暖化ガス排出削減のコストは全ての納税者が負担すべきとの立場を取っています。上述した気候変動解決基金(Climate Solutions Fund)への支援が、より公正な対応と同相は見ています。
選挙結果を受けて、カナヴァン相は資源産業を擁護する語調を強めています。豪州のエネルギーミックスを考える上で、石炭の将来性の問題に対する同相の立場は極めて明らかです。
労働党の敗北原因の一つが、特にクィーンズランド州における同党の石炭産業への支持欠如にあると広く非難されていることから、労働党の影の閣僚の中には、豪州経済における石炭の継続的な重要性を認めるメンバーも出てきています。特に豪州炭に対する世界的な需要の高まりが予想されることもこの変化の背景にあります。ただし、石炭依存は引き続き非常に大きな政治問題です。現政権初期のメッセージは石炭業界にとって明るいものですが、今後もこの姿勢が保持されるとは限りません。
4. 交通運輸インフラ
政府与党、野党労働党共に、交通運輸インフラへの大規模投資を公約に掲げ選挙戦に臨みましたが、選挙後も大規模インフラ投資が成長戦略の鍵と財務相は既に明言しています。 2019年3月末までの年間成長率が1.8% と9年ぶりの低水準だったことを考慮すると、この発言は当然でしょう。実際のところ、経済成長のさらなる減速を避けるために、政府はどれほど早く一部の公共投資案件を前倒しできるか検討しています。ただし、ビクトリア州、ニューサウスウェールズ州の両首相は早速、インフラプロジェクトの優先順位を決定するのは州の管轄と主張しているため、連邦政府が自身の目的達成のために、一方的にインフラプロジェクトを主導して進めていくことはできないかもしれません。
選挙前の政府与党のインフラ計画は、旅客鉄道などの公共交通インフラ整備(130億ドル)より道路インフラの整備(270億ドル)に重点が置かれていました。しかし、連邦政府の公共投資案件を前倒しする必要性から、 長期の大規模プロジェクトより中小規模のプロジェクト(道路、鉄道、地域社会インフラ)が早く実施される可能性が高くなっています。メガ案件を切望してきた外資大企業は、辛抱強く待つ必要がありそうです。インフラ案件の実施スケジュールは、政府の独立諮問機関であるインフラストラクチャー・オーストラリアにより開示されています。2019年2月には、優先プロジェクトリスト が公表されていますが、3月四半期の軟調なGDP統計を背景に、リスト内の順番が変わる可能性も大きいでしょう。
5. 銀行・金融サービス
金融市場は自由・国民党連合政権の勝利を好感、株価上昇を受けて4大銀行の時価総額は選挙後2日間で330億ドルも増加しました。この一部は、退職年金制度、賃貸住宅に関する損金算入税制(negative gearing)、フランキング配当制度(dividend imputation)などの変更を通じ1200億ドルにものぼる富の再分配を公約に掲げ、市場には悪材料とされていた労働党の勝利が株価に織り込まれていため、安堵の結果かも知れません。
政府は早速、金融サービス業界に対するヘイン王立調査委員会からの提言履行に取組み始めると予測されます。金融商品アドバイス業界の商慣行改善が大きな焦点となるでしょう。アドバイザーの利益相反構造の払拭と質の良い金融サービスを誰もが享受できるような手数料設定が求められています。業界は改革案立案への協力に熱心で、政府との緊密な連携により新規制導入によるインパクトに対処していきたいと考えています。
退職年金基金への改革も優先事項と捉えられており、政府は27兆ドルの年金市場全般の見直しを発表する公算が高いでしょう。
6. 移民とビザ
選挙結果を受けて、移民政策の大きな変更は予想されておりません。政府は選挙に先立ち、今後4年間に受け入れる永住移民の数を合計で12万人削減する事を提案していました。この政策は実際に、現行のビザ発給率と整合性があるため、結果として大きな変更は考えられません。
将来のビザ申請者に対しては、大都市シドニー、メルボルンへの移民流入を制限したい意向を反映し、継続して地方での定住が重視されていくでしょう。飛行機で到着した難民申請者に比してボート難民に対しては、引き続き国外での難民審査が義務付けられ、ビザ発給は厳しく制限されていく見込みです。また政府は、国外難民審査センターで病気になった申請者を、医療手当のために豪州国内に移す「医療移送法(medical transfer law)」を無効にしたい旨をすでに明らかにしています。
日本の従業員を豪州に出向させたいと考える日本企業には、日豪間の貿易協定「日豪経済連携協定(EPA)」の存在により、引き続き通常の労働市場テストが免除され、4年間の就労ビザが発給されます。
7. 研究開発 (R&D)
研究開発分野では、カレン・アンドリュース大臣が産業・科学技術相のポストに留まりました。特筆すべきは、マルコム・ターンブル前首相の下で短期間創設された技術革新(Innovation)担当の閣僚ポストがなくなったことです。技術革新はアンドリュース大臣のポートフォリオに含まれています。
今期政権の主要課題を生産性向上とする財務相と足並みを合わせ、アンドリュース大臣も担当分野の優先政策課題は、AI 技術に対する豪州のアプローチ決定、財政支出の産業界に対する有効性を高めるための政府調達改革、そして「技術革新・科学に関する国家政策(National Innovation and Science Agenda)」の再考としています。
2018年度の連邦予算で政府は、主にスタートアップ(年間売上が2000万ドル未満の企業に限定)向けに研究開発投資に対する現金還付制度を導入したものの、その額を僅か400万ドルに制限したため、スケールアップ企業の期待は外れテクノロジー産業全体では冷ややかな反応しかありませんでした。
2019/20年度予算案では、 ジョシュ・フライデンバーグ財務相は「未来の産業」を支援すると表明し、医療研究の商業化やゲノム科学研究などの特定分野への財政資金援助を明確にしています。同予算案では、豪州の「医療研究投資計画(Medical Research Investment Plan)」に既存の15億ドルに加え、12億ドルの追加支出も決定しています。これはバイオテクノロジー分野にとっては明るいニュースですが、他のテクノロジー分野にとっては依然として資金源を模索する状況に変わりはありません。研究開発費に関する税額控除制度と継続中のその見直しについても、選挙前も後も政府の公約にはありません。
次の動きは?
予想外の選挙結果を考慮すると、現在は消費者、産業界ともに今後3年間の与野党の動向(両党の協力分野も含めて)を見極めようとしているところです。
Lander & Rogers 法律事務所のチームは、日本人投資家や日系企業の皆様の投資計画策定や投資戦略の準備・遂行、現行業務の見直しや外国投資のスケジュール設定などの面でお手伝いさせていただいております。今回の選挙結果に関しましてご質問や懸念事項などがございましたら、ご遠慮なく当法律事務所の担当弁護士あるいは以下のチームメンバーまでご連絡ください。
- Deanna Constable (ディアナ・コンスタブル) – 法人部 エネルギー&資源、ジャパン・クライアント・グループ議長
- Hon. Andrew Thomson (アンドリュー・トムソン)– ジャパン・クライアント・グループ顧問
- Derek Humphery-Smith (デレク・ハンフリー-スミス)- 雇用労働関係、国際部長
- Alex Ding (アレックス・ディン)- 法人部 エネルギー&資源
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